御城印巡り~国宝 姫路城へ

御城印

帰省と姫路への小さな旅

しばらく帰れなかった大阪に、3月に週末と有給を利用して久しぶりに帰省。 実家の家族や地元の友人、中高の同級生と楽しい時間を過ごすことができて、とても良い時間だった。千葉に戻るまでにもう一日余裕があったので、前から行きたかった姫路城を見に行くことに。翌日の夕方には新幹線で帰る必要があったのと、ゆっくりとお城も見たかったので前日の夜から姫路へ。

御城印との出会いは犬山城

御城印という存在を知ったのは、実は犬山城が最初だった。 犬山城は、白壁と黒い板張りのコントラストが美しく、最上階にぐるりと廻縁が巡る、どこか素朴でやさしい姿のお城。そこで初めて御城印を手にしたとき、 「御朱印と同じように、旅の記憶を持ち帰る楽しさ」があることに気づいた。犬山城は名古屋一人旅の時に訪れたので、別の機会で紹介できればと。

思い返せば、松江城も松本城も、御城印帳を知る前にすでに訪れていた。 意識していたわけではないのに、自然と“国宝の城”に惹かれていたのかも。あとは彦根城を残すのみ。

国宝五城の中で輝く姫路城

日本には、国宝に指定された天守を持つ城が五つある。 姫路城松本城犬山城松江城彦根城その中でも姫路城は、保存状態の良さと規模の大きさから、 1993年に日本で初めて世界文化遺産に登録されたお城。

ホテルへチェックインして調べてみると、ちょうど3月は夜8時と9時に15分間ライトアップされると言うことを知った。せっかくの機会なのでと行ってみると、人もほとんどおらず、とても美しいものが見れました。

翌日再び姫路城 城内も見学

姫路城は、14世紀に最初の砦が築かれ、その後、羽柴秀吉や池田輝政らによって大規模に整備された。 現在の優美な大天守は、江戸時代初期に完成したもの。白漆喰の壁が陽光を受けて輝く姿から「白鷺城」と呼ばれ、 その美しさと保存状態の良さから、1993年には日本で初めて世界文化遺産に登録された。

複雑に入り組んだ曲輪、敵を迷わせる“迷路のような道”、 石垣の反り、門の造り、そして天守の内部構造。 どれを取っても、戦国から江戸へと移り変わる時代の技術と美意識が詰まっている。門をくぐるたびに景色が変わり、石垣の角度や高さが迫ってくる。 天守に近づくにつれ、白い壁が空に溶けるように輝き、 「白鷺城」という名がただの比喩ではないことを実感した。

城内見学と御城印

門をくぐると、空気が少しひんやりと変わった。 白壁と木の梁がつくる影が美しく、江戸初期の木組みがそのまま残る内部は、 まるで時間がゆっくりと巻き戻っていくようだった。 観光客の足音が響くたびに、かつての城内の生活がふっと想像できる。天守へ向かう途中には、時代ごとに異なるしゃちほこが展示されていた。 明治・昭和・平成と並ぶ姿は、単なる装飾ではなく、 この城がどれほど大切に守られ、修復され、受け継がれてきたのかを物語っている。 しゃちほこの表情や造形の違いを眺めていると、 「城もまた時代とともに生きてきた存在なのだ」と感じさせられた。

そして天守を巡り終え、売店で手にしたのが姫路城の御城印。 松本城で御城印という文化を知ってから、 今回手にした姫路城の御城印はただの記念ではなく、 入院・療養から、体調の良い日には旅行もできるところまで戻ってこられたという自分への小さなご褒美のように思えた。

ともさん

大阪府岸和田生まれ・岸和田育ち。幼い頃からだんじり祭に関わり、今も毎年欠かさず参加しています。
就職を機に関東へ移り、現在は千葉県に拠点を置いています。日本各地の神社・寺院を巡り、御朱印や歴史、祭り文化を学び続けてきました。

40代のときに自転車で転倒し、後遺症に悩まされるようになりました。直近で二度目の手術と静養期間を過ごしたことをきっかけに、これまでの経験や学びを記録として残したいと思い、このブログを始めました。

このブログでは、だんじりで育まれた“地域への誇り”と、日本の伝統文化への深い興味をもとに、
神社巡りの記録、御朱印、旅の記憶、日本史のエピソードなどを発信していきます。

自身の記録として、また、日本の文化や歴史が好きな方、旅が好きな方、だんじりに興味がある方に楽しんでいただけるよう、丁寧に綴っていきます。

どうぞよろしくお願いします。

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